ラクトコッカスラクチスH61の加熱処理菌体を20~60代の女性に4週間及び8週間摂取させた際、50~60代において冬場の乾燥に伴う肌の水分量の減少が抑制される。
若い年代を含めた年代で「H61株の摂取により毛穴の目立ちが改善」との評価が得られる。
背景・ねらい
既に、老化促進モデルマウスを用いて乳酸菌ラクトコッカスラクチスH61が皮膚の潰瘍発生の抑制効果や脱毛の抑制効果等、皮膚の老化抑制効果を有することを見出しており、また、H61株の生菌、加熱処理菌、発酵乳のいずれの形態でも同様の効果を持つことを確認している。本研究では、H61株のヒトにおける効果を検証する目的で、H61株の摂取がヒトの肌の状態へ及ぼす影響を調査する。これまで20~39歳の女性に生菌を含んだヨーグルトを摂取させた場合、頬の弾力や乾燥の程度が改善されるという報告があるが、乳酸菌体のみ(死菌体)を用いた場合の、年代別のヒトの肌状態への影響については報告がない。本研究ではH61株の死菌体を被験物質とし、H61株摂取における年齢の効果を調べるために年代別に解析を行う。
成果の内容・特徴
畜産草地研究所内女性ボランティア(39人)にH61株加熱処理菌体(60mg:400億個程度)を含む馬鈴薯デンプンまたは馬鈴薯デンプンのみ(プラセボ)を春期に4週間摂取させた(無作為単盲検試験)。水分計により頬の水分量を調べた結果、20~30代及び40代ではH61株摂取による顕著な効果は見られないのに対し、50~60代ではH61株摂取群で有意に増加する(図1)。
所内女性ボランティア(30人)に上記の被験物質を秋~冬期に8週間摂取させた際(無作為二重盲検試験)、30代及び40代では菌体投与の有無にかかわらず前腕水分量の季節的な減少が見られるのに対して、50~60代ではH61株摂取群では摂取8週間後において水分量が有意に維持される(図2)。
さらに肌の状態に関するアンケート調査では30代、40代、50~60代においてプラセボ群(0%)に比べてH61株摂取群(26.7%)の方が「毛穴の目立ちが改善された」と回答した人が有意に多い。加熱処理菌体の効果が確認されたことから、生菌を含む発酵食品以外にも様々な加工製品(サプリメント、菓子、ペットフード等)にH61株の利用が可能である。
その他:H61株を利用した製品は商品化されているが、茨城県内企業の販売に留まっている。H61株の全国的な普及のためにはヒトでの効果及びその有用性をアピールする必要がある。本成果よりH61株の皮膚における効果が特に50~60代ヒトにおいて確認され、H61株は高齢社会へ向けた食材として普及できることが示された。先行する乳酸菌の肌状態改善サプリメントの市場規模は10億円とされ多くの需要が期待できる。H61株に係る特許は機構単独の特許であり多数の民間企業で利用できることから、現在、5社の企業と特許実施許諾オプション契約を締結中である。
H61株による肌の改善効果と被験者の便通に相互作用はなく、また、「毛穴の目立ち」には肌のキメ、ハリが関与するものとされているが、メカニズムについては今後の検討課題である。
(参照)農研機構 畜産研究部門 乳酸菌H61株(https://www.naro.go.jp/)に掲載されている研究成果から抜粋し掲載しています。
(参照資料2) GABA高含有チーズを安定生産する手法を開発
GABA生成力が強い乳酸菌を含むチーズ発酵種菌
情報公開日:2009年11月 5日 (木曜日)
ポイント
チーズの風味を良くする株、乳酸生成力が強い株、およびGABA生成力の強い株の3種の乳酸菌を混合培養したチーズスターター(チーズ製造の際に乳酸発酵をスタートさせるもの)を開発。継代を繰りかえしても3株の比率を維持できるため、GABA含量が高く風味の良いチーズを安定して製造することが可能。
概要
独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構(以下「農研機構」という。) 畜産草地研究所【所長 松本光人】は、日本全薬工業株式会社と共同で、血圧降下作用などの機能性が注目されているGABA(γ-アミノ酪酸)の生成能を安定して発揮する乳酸発酵スターターを開発しました。このスターターを利用することにより、安定して多量のGABAを含むチーズの製造が可能です。(特許:特許第4185125号「新規チーズスターター」、野村 将・森 智之【出願】平成18年7月25日、【登録】平成20年9月12日)
詳細情報
開発の社会的背景と研究の経緯
食品中の微量成分が人体の健康維持に有益な作用を持つことが明らかにされ、さまざまな食品について多くの研究が行われています。γ-アミノ酪酸(GABA)はグルタミン酸が脱炭酸されて生成するアミノ酸です。GABAを多く含む食品は血圧降下作用など人体に有益な生理作用を期待できることが分かってきました。一般的なチーズはGABAをほとんど含んでいませんが、チーズやヨーグルトを作るときに種菌(乳酸発酵スターター)として接種する乳酸菌のなかには高いGABA生成能力を持つものがあります。そこで、私たちは血圧降下作用等が期待されるGABAを多量に含むチーズを製造することを目的として、安定したGABA生成能を発揮するチーズスターターの開発を行いました。チーズスターターには強い乳酸生成力とチーズ風味を形成する力が必要です。これにさらにGABA生成能を付与するには、それぞれの性質を与える菌株をスターターとして原料乳に接種しますが、複数のスターターを別々に接種する方法は製造ロットによって品質のばらつきが出やすくなります。そこで、必要な性質を持つ複数の菌株を混合したミックススターターが調製できれば、常に一定の性質を発揮することが期待できます。ところが、ミックススターターでは継代を繰りかえすと次第に構成菌株の比率が変化し、期待している能力を充分発揮できなくなってしまう場合も多くあります。そこで畜産草地研究所で分離したGABA生成力が強い株を他の株と組み合わせたミックススターターの開発を試みました。
研究の内容・意義
今回開発されたミックススターターはGABA生成力が強い株、チーズの風味を良くする株、および乳酸生成力が強い株の3種の乳酸菌からなります。このミックススターターは継代を繰りかえしても3株の比率が安定していて(図1)、いつも同じ能力を発揮できます。これを乳酸発酵スターターに用いてチーズを作ると、GABA含量が高く風味が良いチーズが安定して製造できます(表1)。
今後の予定・期待
ヤギ乳を原料とし、本チーズスターターを使用して製造したチーズが2009年11月に日本全薬工業(株)から販売される予定です。本チーズスターターは、伝統的な手法通り各チーズ製造場で培養して菌の活性を高めて使うようになっています。現在のチーズスターターの主流であり、取り扱いがより簡単な乾燥粉末で提供できるよう、さらに研究開発を進めます。
用語解説
GABA(γ-アミノ酪酸):生体に含まれるアミノ酸の一種。神経伝達物質として機能している物質で、発芽玄米に多く含まれ健康に役立つ成分としてよく知られており、GABA摂取による血圧降下作用などの効果が期待されている。
乳酸発酵スターター:チーズやヨーグルトなどを作るときに原料乳に接種する種菌。乳酸発酵をスタートさせるもの。チーズを製造する際のスターターはチーズスターターと呼ばれる。
(参照)農研機構 畜産研究部門 プレスリリース GABA高含有チーズを安定生産する手法を開発(https://www.naro.go.jp)に掲載されている研究成果から抜粋し掲載しています。